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  • 特集『カウリのペルー・トリップ』

最初の停車地は首都リマの北にあるビーチ、ロビトスだ。俺と友人のブレンダン・ピアトは忙しく働く無人のオイルポンプやダート道、貧困地区をドライブし、世間に忘れ去られたような軍隊の町に着いた。ここの波がウェイブライディングにどれほど良いポイントであるか、ウインドサーファーでさえ、忘れているかのように感じた。セットでラインアップする波はサンドバーにコンスタントにブレイクしサイドオフショアの風が吹き、天気が良く、数人いるサーファーはフレンドリーなのだ。

風向きが良く、近くの他のビーチにもロビトスからセイリングしていける最高のコンディションで、常に良い波が打ち寄せていた。俺は毎日4.2から4.8のFLYでセイリングしていた。朝はオフショアの風向きだったので、俺はスティック・クリフやバテリスで早い時間のセッションをし、12時近くに風がシフトしてから風下のロビトスにセイリングして移った。

2番目の停留地では、どのくらい滞在するかが問題となった。
パカスマヨの滞在期間を決めていなかったが、しばらく考えていた。波止場まで大きなv完璧な波が1.5キロから2キロの長さで連なっていた。ウインドサーフィンでの波乗りを夢としている俺にとってここは『夢の地』だった。タイムウォッチを持ってきて計ったとしたら、ポイントで波がブレイクしたときにカウントを始め、波止場に波が到達してライディングし終わる時まで3分かかるだろう。パカスマヨで1本の波にずっと乗っていれば、36秒波の乗るため地元のビーチで3時間かけるのと同じという計算になる。

ペルーでは技術的なことより身体的なことが重要になる、数少ない場所だと思う。最初の波を乗り終わると、足が棒になり、今日のセッションは終わりかと思うほど疲れる。
俺たちは波がブレイクするポイントにある『ホテル・エルファロ』に滞在した。この宿のオーナーもセイラーで俺たちをフルサポートしてくれ、家にいるような気分にさせてくれるし、最高のシーフード料理を振る舞ってくれた。ペルー料理はインダスとスペインの癒合をベースに、特に海岸沿いのリマなどの料理はアフリカや中国、日本からの移民によってそれぞれの国の影響を受けている。チファと呼ばれる多国籍料理で、一般的なメニューはアンティクーチョやセビーチェ、フミタス、パチャマンカなどだ。

友人のジェイム・ヨジャやリカルド・ギュラミノが俺たちのガイド役を買って出てくれ、トトラ・サーフボードなど地元に連れ出してくれた。
南アメリカの人はインカ文明の前からトトラの茎をつかってボートをつくっていた。古代ペルーの漁師は、その日のおかずとなる魚を捕るために海岸線のパワフルな波をうまく避けなければならなかった。彼らは海岸線に山のようにあるトトラの茎を使った小さな漁船をつくり、朝パドルして海に出て、夕方には獲物を持って立ち上がり波の乗って無事に帰ってきたのだ。これらの船は茎の馬という意味の『カバリトス』と言われ、そのシェイプは現在俺達が乗っているパドルボードやサーフボードに似たデザインなのだ。

  • 人口
    およそ2950万人
  • 気候
    アンデス山脈とフンボルト海流の影響で地域によって多様性あり
  • 文化
    マチュピチュなど世界遺産に登録されている優れた文化を持つインカ族が有名だが、インカ族より前の文化も精巧な陶器類、織物、宝石、彫刻などで非常に優れていた。